エベレストベースキャンプ紀行②

この記事では2020年3月1日から9日間かけて行ってきたEBC(エベレストベースキャンプ)トレッキングの様子を書いています。

 



2020年3月2日(月)

7時半頃に自然に目覚めてカーテンを開けると、澄んだ青空を背にした白い山が視界に飛び込んできました。前日に到着した時から夜にかけては悪天候だったので、存在すら知らなかった山です。

寒かったこともあり布団でしばらくモゾモゾした後、8時頃にダイニングへ降りて行き、トーストとオムレツ、紅茶を注文しました。

前日に知り合ったスペイン人女性もダイニングで朝食を食べていて、彼女が今回日程の関係で行けないという山間にある2つの集落と、ナムチェにあるおすすめの山岳博物館について、教えてもらいました。

「高度順応のためにナムチェにもう一泊するつもり」と伝えて、スペイン人女性とネパール人ガイドの男性を見送りました。

彼女たちを見送った後にしばらく一人考えて、結局ナムチェにはもう一泊しないことにして、精算を済ませチェックアウトして9時頃に博物館に向かいました。

ナムチェの中心部から勾配を上がり博物館を目指す途中に、大きなグラウンドを持つ学校がありました。

車が入ることのできない山深い地域で、斜面に張り付いたような校舎です。

こんな大自然の中で生まれ育ったら、一体どんなモノの見方をするようになるんだろう、いずれにしてもこうして山岳民族の血は脈々と受け継がれていきます。




博物館は質素な作りでしたが入場料無料というのも良心的でしたし、展示物にも味があり見応えがありました。僕自身、地元にある「櫛形山」という山の花々の保全活動をしていることもあり、ヒマラヤの高山植物の紹介も興味深かったです。

博物館の外には、1953年にエベレストに初登頂したシェルパの男性テンジン・ノルゲイ巨大な像がありした。ネパール人なら誰もが知っている偉人です!

1953年、今よりもずっと山の装備が重く大きく低機能で、宿泊施設や登山道がそもそもあったかも疑わしい時代にエベレストの頂を目指し、登り切った人間がいたことに、改めて驚かされました。

博物館の後の動きは正直ノープランでしたが、通常のトレッキング街道ではなく、朝スペイン人女性に教えてもらった2つの集落の方面に遠回りすることを決め、有名な「ホテル エベレストビュー」に向かう急登を上がって行きました。坂の途中で後ろを振り返ると、ナムチェの集落がとてもバランスよく、綺麗に見えました。エベレストベースキャンプに向けてこれより上、ナムチェよりも大きな集落はありません。

今回目指す2つの集落は「KHUNDE(クンデ)」「KHUMJUNG(クムジュン)」といいます。

 

「ホテル エベレストビュー」に向かう道ではなく左側、道が分かりづらいので地図を見ながら、クンデ方面に歩いていきます。

ナムチェの賑わいとは打って変わって、クンデ集落までは時々現地の人たちとすれ違うくらいで、静かなところは本当に静かでした。

クンデ集落に着いて、お腹が空いてきたのでランチにすることにしました。メインロードからは外れているので、登山者の姿はほとんどなかったです。看板のあるレストラン一軒にあたってみたところ、工事中とのことで別を紹介されました。



集落の奥にゴンパがあるのが見えます。

ようやくたどり着いたレストランで、ダルバートをいただきました。

この地域では寒すぎるために豆や米は採れず、必要であれば食材は地域の商店で買ったり、ナムチェまで買い出しに行ったりするそうです。

その代わりこの地域の特産品はジャガイモで、寒冷地だからか甘味がものすごく強かったのが印象的でした。

ダルバートをいただいてから、レストランに荷物を置かせてもらい、先程見えたゴンパに向かってみることにしました。

ポーターもガイドも付けないソロ登山の醍醐味は、なんといっても急ぐ必要がなく、行き当たりばったりができることです。

3人の若いチベット仏教僧が、退屈そうに楽しそうに、外で談笑をしていました。

ゴンパから見下ろしたクンデ集落です。

緑の屋根が多いのはなぜでしょうか??

屋根の業者が同じなのか分かりませんが、ナムチェの村の色合いとは全く異なります。

こちらがナムチェ

荷物を置かせてもらっていたレストランにお礼を言って、2つ目の集落であるクムジュンへと歩みを進めました。

先程のクンデと比べると家の数が格段に増え、良さそうな宿も簡単に見つかりました。

こちらが今回泊まらせてもらうことになった「International Guesthouse Khumjung」

今はギリギリ閑散期ということでこの日の宿泊者は僕一人で、寒さのせいでトイレや流しの水は全て凍っていました。

両親がカトマンズにいるため宿を一人で切り盛りしているという女の子と、しばらくしてドルマという友達が合流して、チャイを飲みながら3人で少し話をしました。

ドルマも、今夜はここに泊まっていくらしいです。まあそれもそっか(笑)




宿に荷物を置いて暇ができたので、クムジュン集落を散策してみることにしました。

一つ前に訪れたクンデ集落にもゴンパがありましたが、ここクムジュンにも立派なゴンパがありました。

チベット仏教徒であるこの地域の人々はゴンパを中心に、年中行事のお祭りを催したりするそうです。しっかり「信仰」が根付いていて素敵。

 

さらに歩いていると、ハンドメイド感溢れる石造りの民家を見つけました。

玄関口まで行ってみるとおばあさんが出てきて、よくわからない言葉で話しかけてくるのでとりあえず耳を傾けてみると、どうやら「100ルピー恵んでくれないか」と言っていることが伝わりました。

「一人でこんなに狭いスペースに住んでいて、食べるものも少ない」

おそらくこんなことも身振り手振りで伝えてきています。

まあ確かにか弱そうだし大変だろうな、、、財布の中身を見ると1020ルピー入っていて、1000ルピー札を渡すわけにもいかなかったので20ルピー札を渡し、一緒に写真を撮らせてもらいました。

すると20ルピー渡されたことがよっぽど嬉しかったのか、クシャクシャの笑顔が泣き顔に変わり、ハグされました。僕も強めにハグしました(笑)

おばあさんにサヨナラを言ってさらに歩いていると、雪が舞ってきました。この地域では基本的に明け方は天気が良く、午後から夜にかけて天気が崩れると、今日のお昼のレストランのおじさんにも聞きましたが、本当にその通りです。

それでも子供たちは空き地でサッカーをしていたり、動物が放し飼いされていたりします。

「チョコレートをくれませんか?」

集落をぶらついていると、子どもたちが近寄ってきます。

宿に戻れば行動食のオレオとハリボーがあるので、すこし面倒だとは思いましたが取りに帰り、戻ってきて子どもたちあげました。

昨年のアンナプルナ周辺ののトレッキングの時にも子どもたちがチョコレートを求めて近寄ってきたので、今回は少し余分に行動食を備えてきています。

山の子どもたちを見ていて、無邪気とはこういうことを言うのだと思いました。

ただチョコレートまではいいものの、最終的に一番大きい女の子に「マネー」と言われた時には、少し冷めました(笑)

雪玉みんなで投げてくる始末。




宿に戻って、夕飯はシェルパシチューというものを頼みました。

これはシェルパ族のローカル料理なのですが、その日にあるものを鍋にぶち込んで作るスープのようなイメージです。野菜が入っていたりワンタンみたいなものが入っていたり、食事箇所によって具はそれぞれです。

夜は宿を切り盛りしている女の子ペンバ、その友達ドルマと僕の3人で、ストーブに当たりながらこの地域のことや家族のこと、日本の生活との違いなど、色々な話をしました。

もうタプタプで飲めないよ〜という程にペンバが振る舞ってくれたチャイを片手に、久しぶりのストーブにあたっているのは幸せでした。

暖をとることができるありがたみを再認識しました。

21時頃まで話してたら、頭がズキズキし始めました。

昨年のアンナプルナで経験があったので、すぐに高山病だと分かります。

女の子たち2人はポップミュージックをかけたり、知り合いの男性とビデオ電話をしたりして楽しみ始めたので、いよいよ僕に出番はないなぁということで、水をボトルいっぱいにもらい、毛布をもう一枚余分に借りて(これが生乾きか何かでオニ臭かった)、21時半までには眠りにつきました。

夜は3回も起きてトイレに行き、起きるたびに意識が朦朧として、本当に死ぬかと思いました。

 

つづく



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