エベレストベースキャンプ紀行⑥

 この記事では2020年3月1日から9日間かけて行ってきたEBC(エベレストベースキャンプ)トレッキングの様子を書いています。

 



2020年3月6日(金)

目覚まし時計はセットしていませんでしたが、昨日の夕方から半日ほどベッドにいたことになるので、朝6時頃になんとなく目が覚めました。

昨日は具合が悪くて、21時頃にダイニングに水をもらいに行こうとしたのですが、時間も時間だし、寒いし、ダイニングが開いていない可能性を考えると、その“賭け”に出る気すら起きませんでした。

そして朝、目の前がぼんやりと白んでいて、本当に本は死んでるのかと思いました。特に今は具合が悪いという感じはしません。ただ窓の外も真っ白で色彩が薄く、自分の意識がなんとなく幻のようなのです。

やっと、あることに気付きます。昨日カラ・パタールから帰ってきてぶっ倒れたまま寝てたため、コンタクトレンズを取っていなかったんだ!笑

もちろんそれだけではなく体が高度に順応できていないというのも、単純に分かります。

でも、動くぞ。

今日はトレッキングの最終目的地エベレストペースキャンプに行く日なのです。

お前本当に行けるのか?と自分の心に改めて聞いてみます。

行ける。

体調的には、なんとかなりそうだ。

 




支度を済ませ、お世話になった何号室か分からない部屋を出て、荷物をダイニングに運びました。

昨日は食事どころではなかったので夕食をスキップしましたが、朝も食欲がほとんどなかったので、紅茶とスクランブルエッグだけ注文しました。

部屋何番?とスタッフに聞かれたので、何番か読めない部屋と言うと、あー分かった分かった!とのこと。

分かってるなら部屋番号の表示変えなさい!笑

ちなみにこのスクランブルエッグ、卵2個分でなんと600円という、ネパールではとても考えられない山価格でした。(ロックダウンの今、カトマンズで泊まってる宿は一泊350円です。)

そして荷物をダイニングの隅に置かせてもらい、エベレストベースキャンプに向けて、7時半に宿を出ました。

そもそもですが、こんな大事な日に天気が悪く、ツイてねえなぁと流石に思いましたね(笑)

今朝起きた時、部屋の窓からは3人の西洋人が列になって歩いているのが見えましたが、彼らはおそらくベースキャンプではなく、カラ・パタールに行ったと見えます。

というのも、ベースキャンプへと続く道は雪が薄く積もっていて、僕の前を誰かが今日歩いた痕跡がないのです。

道はオフラインのマップを見る限り、間違っていないようです。

同じような道を歩いていくに連れ、空が晴れ渡って行く気配を感じました。

やっぱり信じる者が救われます(笑)

時折、眩しい日差しが降り注ぐようになりました。雲も激しく動いています。

 



そしてついに、岩に赤いスプレーでEverest Bace Camp(5,364m)と書かれたポイントに着きました。

山や氷河がこちらに迫ってくるような感じがします。

さらに奥に進み、アタック隊のものと思われる黄色いテントが張ってある場所に着きました。

どこかで誰かが、トルコ人グループがエベレストにアタックしていると言っていたように思います。

近づいて行くとある程度のところに紐が張ってあり、これより先は立ち入り禁止でヨロシク!感が出ていたので、そこまでにしました。

誰もいないので一人で写真を撮って来た道を引き返そうとした頃、下から3人が上がってきて、僕がエベレストだと思い込んでいた山は別の山で、肝心のエベレストはその奥にあるという事実を知ってしまいます。

エベレストはどうやらこの雲の中のようです(笑)

よし、それならもう少しだけ待ってみよう。

雲が去るのを待ち、気付いたら3時間半ほど、ベースキャンプ周辺で過ごしました。

ベースキャンプで、日本人2人組と出会いました。

宿はロブチェにとっていて、宿代無料、電源無料、宿のオーナーが柳原可奈子似!と三拍子揃っているというので、あとで合流させてもらう流れになり、別れました。

 




エベレストはその後も見えたり見えなかったりしていて、結果的にそもそもベースキャンプからはあまり見えないという事実を知りました(笑)前日のカラ・パタールからの方がはっきりとコレだと分かるとのことです。

ということで帰路に着きます。

帰りは道を左の方に間違えながらも(ケータイの電池がなければけっこう危険だったかも)、ゴラクシェプに着き、誰もいないダイニングから荷物を取り、ロブチェへと向かいました。

昨日のカラ・パタールの時と同じように、体力的にもかなり限界が来ているのが分かります。さらに、どこでひねったか右膝あたりが痛み出したのもまた厄介でした。

吐き気もするし、すれ違う人のタバコの臭いや、ロッジの煙突から出る煙の臭いすら、吐き気がしてダメでした。

やっとの思いでロブチェに着くと、さっきの2人が宿のダイニングの中から手を振ってくれたので、すぐにその宿と分かりました。

疲労がドッと襲い、外にある雪の積もったベンチに座ると、中に入る気すら起きません。

なんとか中に入っても、ご飯を食べる気に全くなれません。今日のご飯は朝のスクランブルエッグだけということになります。2人が辛ラーメンとチョウメン(ネパール風焼きそば)を美味しそうに食べているのを見ただけでも、吐き気がします。

2人は話してみると大学生で、卒業旅行で来たとのことでした。

コロナウイルスの影響で大学の卒業式が中止、1人は会社の入社式も中止が決まってると言います。まあ何はともあれ、これからの彼らの社会人人生が、良いものになりますように・・・

2人が「牛タン食べたい」と言ったことにも吐き気がして、あとは「ロバの糞」「ここは標高4900m」といった言葉も、吐き気促進ワードでした。

あえて何か食べたいものを挙げるとするならば、小学生の頃の給食に出てきたババロア、家で作る牛乳の寒天、フルーチェくらいのものです。

日本に帰ったら絶対食べるぞ!!!

カトマンズに下りたら、とりあえずラッシーで我慢だな。

 




2人曰く、

BCには1時間くらいしかいてはいけない

 

●登山者が下山時に保険適用で救助ヘリを使いすぎて問題になったことがある

 

●山は空気が薄く寝てる時はただでさえ呼吸が浅くなるので早く寝床に着いて寝すぎず、2130、22時を回ってから寝る方が良い

などネットで色々勉強してきていました。

素晴らしい・・・

具合が悪いとは言っても、孤独で極寒なトレッキングの日々、こうして日本人に会えるのは本当に心が温まります。日本にいては感じられない感覚です。

僕にとっては戻ればまたどうせ嫌になる故郷も、ここからは懐かしく良いものに感じられます。

だから旅をやめられないのかもしれません。

途中吐き気でトイレに何度か失礼したりしながら、21時を回った頃に部屋に入りました。

25歳だという柳原可奈子似のスタッフはとても親切でした。

到着早々白湯を出してくれて、ダイニングでは寒くないように薪を何度もくべてくれたし、僕が食欲がないと言ってオレンジジュースしか頼まなくても嫌な顔ひとつしなかったし、寝る前に水をくれと言うと熱湯を入れてくれたので湯たんぽにすることができたし、吐くならコレにねとバケツを貸してくれたし、寒かったら布団をどんどん使ってと言って与えてくれました。

ベスト宿オブEBCトレッキングだと言いたいです。

おかげさまで、この夜はそれほど悶えることなく、眠りに就くことができました。



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