エベレストベースキャンプ紀行⑧

この記事では2020年3月1日から9日間かけて行ってきたEBC(エベレストベースキャンプ)トレッキングの様子を書いています。

 



2020年3月8日(日)

朝の景色を楽しむために、6時に目覚ましをセットして起床しました。

8時間ほど寝たので寝不足もなく、ここまで下山してくれば高山病の心配はもうありません。ただあいかわらず右膝に激痛があります・・・

それでも景色が見たい一心で、ロッジの階段を降りて外に出ました。

ゴンパ(チベット仏教僧院)と雪山のコラボレーションを目にした時、その美しさに文字通り言葉を失いました。

ゴンパの周りを一人でウロウロしてると、トレッキングツアー客と思われる西洋人グループがゴンパの本堂に向かっていく姿が目に入りました。

もしや前日16時に見ることが叶わなかったお勤めが見られるのかな。

 




予想は的中し、運良く僕も朝のお勤めを見学させていただけることになりました。

本堂内では20人以上の僧侶たちが暖かそうな紫色の羽織を着て、各自の席で湯気の立つ暖かい飲み物を飲んで寛いでいました。後から入ってくる僧侶も何人かいました。

僕たち登山者は本堂の右隅に腰を下ろし、僧侶たちが暖かい飲み物を時々飲みながらお経を唱えている様子を見学させていただきました。

ふと、西洋人グループの代表と思われる女性がネパール人ガイドの男性にグループの人数分のタルチョ(チベット仏教におけるカラフルな旗)を手渡し、僧侶に祈祷をしてもらうようにお願いしました。別の場所で知り合ったイタリア人からも話を聞いていたので、ゴンパでのタルチョへの祈祷は登山者の中では有名な話なのかもしれません。

ガイドは渡されたタルチョの束をラマと呼ばれる高僧のところに運んでいき、事情を話しているようです。

ラマは何度か用件を聞き直しましたがついに話を理解したようで、タルチョの束を受け取り自身の目の前に置きました。そして先程から本堂に反響している題目を唱え続けます。

2分くらいすると読経に一区切りが着き、ネパール人ガイドの男性がラマのところに祈祷してもらったばかりのタルチョを受け取りに行きました。何やらラマがガイドの男性に耳打ちをしている様子が僕の場所からは見えます。

ガイドの男性は僕の隣の女性のところに戻ってくると、ラマが祈祷料として2000ルピー必要としている旨を伝えました。

女性たちは事後に祈祷料を請求されたことにすこし納得がいかないような会話をしていましたが最終的には納得して、ガイドは2000ルピーをラマに手渡しに行きました。

ラマは2000ルピーを受け取ると自身の敷物の下に隠して、ニヤニヤしています。

これは罰当たりな勘違いかもしれませんが、僕の目には周囲のやりとりがそのような光景に映りました(笑)

 



宿に戻り荷物をまとめて簡単な朝食を済ませ、昨夜一緒にストーブで暖を取った外国人登山者に挨拶をして、タンボチェを後にしました。

今日は昨日とは打って変わっての晴天ですが、昨日降った雪が溶けて登山道のコンディションはあまり良くありません。

道が凍っているので転倒しないように特に注意をしなければいけません。

 

今日の天気の回復を待っていたかのように、建材や日用品など多種多様な荷物を背負ったポーターたちとすれ違いました。

高山で僕たち登山者が快適に過ごすことができるのは、まぎれもなくポーターや地元の人たちが汗水たらしてモノを運び上げてくれているおかげなのだと、誰に言われるでもなく実感します。僕は右膝にダメージを抱えているので、彼らの苦労には余計頭が下がりました。

Tashinga(3,540m)というポイントに着くとポーターたちが中で休憩している小さな食堂があり、僕も荷物を置いて外の椅子でひと休みすることにしました。

5日前の登山時には全く意識しなかった場所ですが、この日は下山の安心感からなのか気候のせいなのか、辺りの静けさや食堂の雰囲気がやけに素晴らしいものに感じました。

食堂の入口には警戒心のない子犬がぐっすりと眠っていました。

出してもらった紅茶をゆっくり飲み終えて、特に下山を急いでいるわけでもなかったので、11時くらいでしたがここで早めの昼食にすることにしました。

おじさんに食事を注文すると、「ワンミニッツ!(1分待って!)」と返事が返ってきました。

写真を撮ったり目を覚ました子犬と戯れたりしていると、10分後くらいに出来上がった昼食が運ばれてきました。

またラーメンです(笑)

体に良い悪いという議論は抜きにして、山で疲れた体に温かい食べ物は最高に沁みます。。。登山をする人であれば、この感覚分かってもらえますよね!




だいぶゆっくりして根が生えかけた体をなんとか持ち上げ、今日の目的地ナムチェに向けて再出発しました。

天気は最高なのに、雪解けによる悪路が続きます・・・

下山中、左手にそびえ立っているカッコいい山があり、名前が知りたくて何人かのネパール人の足を止めて聞いてみましたが、結局ハッキリしませんでした。

すでに誰か登頂を果たしている山でしょうか。

午後2時過ぎ、6日ぶりにナムチェ(3,440m)のカラフルな光景を目にしました。

色彩のあまり無い自然の中にしばらく身を置くと、人の手が加わったこんな風景に、心の底から安堵感が溢れてきます。右膝には激痛が残っていますが、ここまで来れば確実に死ぬことはないというシンプルな事実が嬉しくなります。そう考えると、僕が訪れた場所よりももっと高いところを目指すクライマーの感覚というのは、想像することもできません。

今日のナムチェの宿は、先日ロブチェで知り合った大学生ラガーマンたちに紹介してもらった「International Foot Rest」にしました。珍しくWi-Fi・電源フリーの宿です。

案内された部屋に荷物を置き、4日ぶりにスマホをインターネットに接続すると、メッセージもニュースもコロナウイルス一色になっていました。

正直、知らないで良いこともあるというか、情報がない状態のほうが僕は健全で幸せでしたね(笑)




まだ外が明るかったのと部屋にいても寒いだけなので、少し周辺を歩いてみることにしました。

これまでに13回エベレストに登頂した経験があるというネパール人登山家が経営しているお店を見つけました。

ネパールだけではなくインドやパキスタンの高峰の写真も見せてもらいました。さらに僕の地元山梨が誇る山岳写真家白簱史朗さんのことも知っていて、登山に同行した経験もあるそうです。昨年白籏志朗さんが亡くなったことを伝えると、信じられないという顔でとても残念そうにしていました。

長話の末僕はヒマラヤのマップが描かれた白い山バンダナを買って(今は自宅のトイレに貼っています)、握手をしてお店を後にしました。多くのチャレンジをしているだけあって、手が色々と物語っているような感じがしました(笑)

宿に戻りダイニングでチョウメンとポテトを食べて、早めに自分の部屋に戻りました。

2日後の早朝の飛行機で飛行場のあるルクラから首都カトマンズに戻るので、長距離を歩くのは明日が最終日となります!

足が痛いけど歩き切れるかなぁ。。。

 

つづく



1 Comment

猫の不思議

一瞬一瞬、生と死のどちらに転げるかの稜線上を歩いている。スーパー(スーパートライアル)のパートは辞めた。だから収入はない。今、財布に3万くらいある。口座にはなんとその倍の7万くらいある。だが、口座からは電話代とか引かれているから、全財産10万はないと思う.毎度のことなんだけど、こんなぎりぎりの崖っぷちなのに、ぜんぜん不安がない。この人生はヒマラヤの尾根道を歩くよりも険しいと思う。しかし、不安は全然ない。落ちたら飛べばいいと思っている。自分でも完全にいかれていると思う。

高校生の時は、ヒマラヤの未踏峰に上ることを目指して、パンツ一枚で布団にもぐって、体が温まって眠くなるまで1時間ぐらい寒さを我慢した。
高2のときの2月に、低山に空気で膨らますベッドだけ持って上った。滝が凍っていた。エアーベッドで地面からの冷気は遮断できるから、ぐっすり眠れると思っていた。しかし、甘かった。体の震えが止まらず、体全体が地震のように震えて朝まで眠れなかった。

今年中に長野県茅野市北山に引っ越したいと思っています。ひょっとしたら結婚するかもしれない。相手は、たぶん20代だと思う。

「この人、本当に綺麗だなー」って、本気で思うと、向こうからどでかい反応が来ます。たぶん、反射の法則なのだと思います。
だいたい、女の人はみんな綺麗です。(この年になってわかりましたが、男に相手にされない女は汚い。いや、初めから汚い(ブスな)のではなくて、自分はブスなんだって、自己否定のループに入った女は、だいたい汚くなって、異性をこき下ろすことで、自分を高めようとします)。こんなこと前にも書いたな。(同性同士の場合も同じです)。

前アメリカ大統領のトランプって劣等感の塊です。彼の劣等感って、どこから出てくるのですか?
だって、世間的に言って、彼は大金持ちですよ、どうして、劣等感を抱かなきゃならないのですか。
ふしぎだなぁ~~~~~

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください