【インド16日目】昨日と今日の世界

2018年7月17日(火)

※備忘録としての日記をベースにしているため、不必要な文章も多いかと思いますがご了承ください!

☆旅のルート☆

デリー→リシケシ→デリー→

→カジュラホ→バラナシ→

→ブッダガヤ→コルカタ(最終目的地)



今日もボランティアをする日と決めていた。(前日の日記)

前日のように朝7時半からのマザーハウスの朝礼に出ると、その中でシスターがこう言った。

「今日(毎週火曜日)はヒンドゥー教のカーリー神のプージャー(礼拝)があり人がたくさん集まっていますので、『死を待つ人々の家』のボランティアスタッフの方は、カーリー寺院周辺でのスリ等の犯罪には十分注意するようにしてください。外国人旅行者は出稼ぎ犯罪者のかっこうの餌食になっています。」

カーリー寺院は2日前にヤギの首を切る生贄の儀式を見た寺院で、僕の行く「死を待つ人々の家」はそのすぐ近くにある。(2日前の日記)

カーリー寺院へと続く浅草の仲見世通りのような参道には、確かに想像をはるかに上回る数の女性が集まっていた。カーリー神は女性の神様なので主に女性からの信仰を集め、ここですれ違う人のほとんどは女性だった。

冗談ではなく、30分ほど女性の群衆をかき分けてようやくボランティア施設「死を待つ人々の家」に辿り着いた。

 

館内を見渡すと、男性患者・女性患者ともに昨日とは着ている患者服の色が異なっていて、女性の患者服は花柄の明るいデザインだった。施設として少しでも日常生活に変化を加えようとしているようにも見えた。

そして何より嬉しかったのが、昨日僕が来たことを覚えていてくれた患者が数人いたこと。裏を返すと、関わりを持っても僕のことを忘れてしまったような患者もたくさんいる。

 

ボランティア作業は今日も洗濯からスタートするも、施設には週間スケジュールのようなもの組まれていて、患者はそれに沿って動くことになってる。

修道女のことを“シスター”と呼ぶからだろう、患者は僕ら男性スタッフのことを“ブラザー”と呼んだ。

僕もブラザーと呼ばれ、患者に求められるがままに今日もマッサージをしていた時、少し性格キツめで有名なシスターから、患者を歩かせるように言われた。週間スケジュールに基づくエクササイズの時間が始まったそうだ。エクササイズと言っても、大きな円を描くように館内を歩行するだけのシンプルなものだけど、患者の容態は本当にバラバラだから全員にそれができるわけではない。それでも歩ける患者はとても楽しそうに、辛そうな患者も努力して歩いているのがひしひしと伝わった。

死を待つ人々の家のテラスからの景色【昨日】

死を待つ人々の家のテラスからの景色【今日】

途中休憩時に見下ろした街の風景は、カーリー女神のプージャーがある今日と昨日では驚く程に異なっていた。

 

今日は昨日のように何人かのマッサージもしたし、ある男性患者に求められて、尿瓶を使った排尿のサポートをしたりもした。

お昼の12時になり施設を後にする時、力強いとは決して言えない手を僕に振ってくれる患者がいたのが嬉しく、その患者は、また明日!と言っているように感じた。

僕は今日がボランティア最終日だけど、それを誰にも伝えないまま施設を後にした。

こうしてちょうどインドの街の風景ように、日々ボランティアスタッフも入れ替わっていく。

“出来る人が出来る時に出来るだけやる”それでマザーハウスは成り立っているように思う。

 

以前飛行機で隣通しになったインド通の日本人女性から、マザーハウスのボランティアには孤児たちと接する施設があると聞いていたので、実は今回の旅にあたり、日本から折り紙と鉛筆を持参していた。

ただ孤児と接することのできる施設は女性ボランティア専用ということが分かり、さらに僕のボランティア先は「死を待つ人々の家」になったので、コルカタ・サンタナで一緒になったボランティア中の台湾人女性3人組に、これらを託すことに決めた。

小さなことだけど、願わくば少しでも誰かの役に立てば嬉しい。

つづく

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