【インド2日目】リシケシ到着、さてガンジス川はどこにある?

 

2018年7月3日(火)

※備忘録としての日記をベースにしているため、不必要な文章も多いかと思いますがご了承ください!

旅のルート☆

デリー→リシケシ



深夜1時頃に夜行バスが途中のドライブインに立ち寄ったので、バスを降り店内でハンバーガーを購入して少し休憩。ハンバーガーを食べ終わってまだ小腹がすいていたのでポテトを追加注文した。

その間にバスが自分を置いて出発してしまっていないか不安になり(大して人数チェックもしないのでたまにそういうことがあるらしい笑)念のために店の出入り口まで見に行くと、商品アト払いシステムだったため店員が僕を食い逃げ犯だと勘違いしたようで、焦って探している姿がなんとなく可笑しかった(笑)

早朝4:45、想定していたよりもだいぶ早く、こんな時間に降ろされてどうすればいいの?という時間にリシケシのバスターミナルに到着した。バスを降りると早速待ち伏せしていたリキシャーのおっさんに声をかけられたけど、時間もたっぷりあるしということで、地球の歩き方の地図を頼りに宿泊先のホステルの方まで歩いて行ってみることにした。

ちなみに乗るのを断ったリキシャーのおっさんに教えてもらった方角は真逆だった(こういうバカが本当によくいるんです!)。⠀⠀

犬、牛、豚が当たり前のように路上やゴミ山をほっつき歩いていた。大きなガンジス川があるはずなのだけど、まだインターネットも繋がっていないので自分の進む方向が合ってるのかも確認できないまま、ひたすら歩き続けた。

ガンジス川はどっち?とすれ違う人に聞いても、英語が通じずになかなかはっきりと答えてくれない。⠀

そしてインドは今モンスーンの時期(雨期)に入っているので、いよいよ大粒の雨が降り出した。

雨の中、やっとの思いでガンジス川に辿り着いた。

初めて目にしたガンジス川は雨でかなりの濁流。後で分かったのが、バスターミナルから5km以上も歩いてた。正直にリキシャー使っていればよかったかもと少し後悔した(笑)⠀

7:00頃ホステルに着いて荷物をロッカーに入れフリースペースで仮眠を取らせてもらい、Wi-Fiがあったのでインドに来て始めてネットに繋がった。⠀

安宿でも身体を横にすることができればとても安心できる。それから良いオーナーと旅人に出会う運も大事。目が覚めて、オーナーに周辺地図を書いてもらってから街に繰り出した。⠀

現地アートのコミッションで生計を立てる少年、ポップコーン屋に盲目の物乞い、牛乳を甘くしたような飲み物とオレンジ色の甘いおやつを売る夫婦、身体に悪そうだけどわりと人気店のようで味も美味しかった。ここはヨガの聖地だけあって、ヨガを体験しに来ている西洋人にもたくさんすれ違った。⠀

レストランで遅い昼食(グリーンカレーとナンを薄くしたような食べ物2枚にレモネード)を取った時に出会った店主のマーノズはネパール人。僕の着ている進化の過程Tシャツのデザインを気に入ったようだ。それから前日WCベルギー戦で日本は敗けたけど、とても良い試合をしたと褒めてくれた。その後も政治や歴史の話で盛り上がり、インドの首都がコルカタからデリーに移ったのは日本軍の侵出のためだと聞いた。本当に?笑⠀

レストランを後にして、ホステルのオーナーに勧められていたANAND PLAKASH YOGA ASHRAMで16:30から1.5時間のヨガ体験(350円くらい)をする。⠀

参加者は15人くらいいて、初めての本格的?なヨガだった。⠀

もちろんこんなアーサナ(姿勢)は取れるはずがないけど、ここのアシュラム(道場)の創始者の写真のようだ。すごいとしか言えない(笑)⠀

 

アシュラムでTさんという日本人男性と出会い、ヨガが終わった後はTさんとガンジス川で行われるプージャー (礼拝)を見るためにRam Jhula橋まで往復した。Tさんは某名門私立大学を出て医者の経験もある知識豊富な方。Tさんが15~8年程前にインドに来た時との変化は、⠀

▪牛が太った(前は骨が浮き出た牛だらけだった)⠀
▪人の身なりが綺麗になった(SNSを意識)
▪ゴミが減った(いやそれでもかなり汚いよ!)⠀
▪日本だと絶対に生きられないんじゃない?というクレイジーな日本人がたくさんいた⠀

と言っていた。Tさんが初めてインドに来た約15年前からさらに20年ほど前にインドに来た人の話では、駅で降りるやいなやインド人に囲まれてしまい、宿に辿り着けなかったという。。。おそるべし、でも想像できなくもない。⠀

こんな時代かな?(笑)⠀

Tさんと解散後、ホステルに向かっているとデリー空港で会った日本人のAさん親子と偶然にも再会。

明日から6日間のトレッキングツアーご一緒にどう?と好意でお誘いいただいたけど、ツアー金額を聞いて残念ながらお断りした。本当はヒマラヤ方面の別のエリアを考えていたようだけど、雨季に入り土砂崩れで道が寸断された関係で方面変更したようだ。

同部屋ではシャンディーという南インド出身の女の子に出会った。エンジニアの学士課程を修了して、進学する前にヒンドゥー教の聖地であるリシケシにきたのだそう。前回は家族と一緒で、今回が2回目と言っていた。

インドのミドル階級にとって、国内旅行がようやく主流になってきているということを実感した。⠀

つづく

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