「ノーベル賞」が始まった不都合?なきっかけ

今世間を賑わせているニュースの一つが、日本人の吉野彰さんのノーベル賞(化学賞)の受賞です。

吉野さんは明日12月10日(火)にスウェーデンの首都ストックホルムで行われる授賞式に出席される予定ですが、同じ日本人としてとても嬉しいことですよね★

ところで、皆さんはこの「ノーベル賞」というものが始まったきっかけをご存知でしょうか?




まず、ノーベル賞の“ノーベル”は、スウェーデン出身のアルフレッド・ベルンハルド・ノーベル(1833年10月21日 – 1896年12月10日)という人物の名前に由来します。

ノーベルは、誤解を恐れずに言えば、「ダイナマイトをはじめとするさまざまな爆薬の開発・生産によって巨万の富を手に入れた人物」としても知られています。

なんか、かなりワルそうですね(笑)

実際、ダイナマイトをはじめとする爆薬は、悪い使い方を企む人がいれば大量殺人兵器になることもあり、発明当時からノーベルのことを悪く言う人物がいたのは、言うまでもありません。

 

そしてダイナマイトの発明から時は経て、ノーベルが晩年になった頃、とある事件が起きます。

それは、フランスの新聞社がノーベルの兄リュドビックの死をノーベル自身の死と勘違いして、あろうことか紙面にデデカと次の文言を掲載してしまったのです。

「死の商人」、死ぬ。

この紙面を不都合にも目にしたノーベルは、「まだ生きてるわボケイ!!!」とツッコんだかどうかは知りませんが、兄の死で打ちひしがれているところへの痛い追い打ちということもあり、尋常ではないショックを受けることになります。

「死の商人」というのは、Wikipediaによると下記の通りです。

死の商人(しのしょうにん、英語: merchant of death)とは、友敵を問わず、兵器を販売して巨利を得る人物や組織への蔑称、または営利目的で兵器を販売し富を築いた人物や組織への蔑称。

※ちなみにこの時に亡くなった兄リュドビックも、父のイマヌエルも弟のエミールも爆発物の発明に関与していて、弟のエミールに関しては爆発事故で命を落としています。




この新聞記事を見て、ショックを受けるのも無理のないことでしょう。

せっかくのダイナマイトの大発明(大発明であることは間違いありません!)が「死の商売」と世間に認識され続け、自分の死後もずっと語り継がれていってしまう可能性に気が付いたのですから・・・

まあフランスの新聞社は確信犯で、それを分かった上で勘違いしたふりをしたんじゃないかと疑いたくもなりますが(笑)

それはそれとして、ノーベルは巨万の富を手に自身への汚名を回復すべく、手を打とうと試みます。

 

そしてその結果が、
“ノーベル賞の設立”だったというわけなのです。

しかし、ノーベル自身が存命中にノーベル賞を設立したわけではなく、正確にはノーベルの遺言により実現されました。

 

こちらがその遺言

僕には読めませんが(笑)、どうやら次のようなことが書かれているそうです。

 

私のすべての換金可能な財は、次の方法で処理されなくてはならない。

私の遺言執行者が安全な有価証券に投資し継続される基金を設立し、その毎年の利子について、前年に人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする。

 

はて人は特に晩年になると、あらゆるお金やモノなど目に見えるものへの執着よりも、目に見えない“徳”のようなものを積みたくなる生き物なのでしょうか。

当時の時代背景や周囲の環境もあり、その前に人類全体の問題かと思いますので、一概にダイナマイトの発明に没頭したノーベルを否定するのもよくありませんが、このような歴史があるのは実に興味深いものです。

歴史に「もし」は存在しないとはよく言いますが、もしフランスの新聞社が間違いを犯さなければ、現在のノーベル賞はなかったのかもしれません(笑)

 



 

ちなみにノーベル賞の設立については、だいぶ遡りますが、「トリビアの泉」でもとあるエピソードが紹介されており、こちらもまた事実かと思いますので、併せてご紹介しておきます。

「ノーベル賞が設立されたのはノーベルが若い女に騙されたことがきっかけ」

 






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