【連載】「ルーツの旅⑥」

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※前回の記事はコチラ「ルーツの旅⑤」です
※最初の記事はコチラ「ルーツの旅①」です

 

我が家の先祖は、僕の力ではどう頑張っても、過去帳に記載されている1742年までしか遡ることができませんでした。

日蓮宗系の家では、お盆期間に慣習的にお曼荼羅(法華経の世界図)というものを飾るのですが、それを見てもそれ以前の情報は残念ながら載っていないのです・・・・・

左から2枚目の黒くなっているものが我が家の最も古いお曼荼羅なのですが、作成依頼者は1742年に生きていた重郎左ヱ門さんでした。
言わなければ気付かれずに済むと思いますが、ドアに祖母の服が挟まっていることはご勘弁ください(; ・`д・´)!!




さて、ここからは「ルーツの旅②・③」でご紹介した、戦死者の直衛(なおえ)さんの話に移っていきます!

直衛さんは僕から見ると、祖父の叔父にあたる人です。

直衛さんと同じく二男である僕は、この人になんとなく前々から親近感を抱いていました。

もし戦死せずに生きていたとしたら、ひょっとすると一度くらいは抱っこしてもらえたのかな?

 

そして我が家の居間には、こんなものがあります。

戦地からヘルメット等の遺品と一緒に送り返されてきた皮革製のスーツケースでございます。

【危】ライフルをよく見てください!

当時はやっぱり木製の銃だったのですね~・・・

 

と言いたいところですが、これは僕の父親がどこかで手に入れた射的の鉄砲(おもちゃ)で、なんとなくここがしっくりくるということで、挟んでいるだけです(笑)

弾はもちろんコルクで、小さい頃によく遊んだものです。

 

そしてこれは今でも深く反省していることなのですが、中学生の頃、僕は家に帰るとよくこの部分に学生服をひっ掛けていて、そのうちだんだんと革が弱ってきて、あろうことか留め具をブチッとやってしまいました。

当時は本当に“おおきなバチが当たってしまう”と思い、夜な夜なスーツケースに向かって手を合わせていたものです(笑)本当に。

僕が真面目な人間になっていったのは、きっとこの頃からッスね。

(=^・・^=)



 

先日、ふとこのスーツケースの中身が気になったのです。

祖父が言うところには、寒い戦地(中国)で撮影された直衛さんのヒゲ面の写真なんかが入っているのではないか?とのことでした。

早速スーツケースを下ろしてみました。

 

しかし、開けてみても中には何も入っておらず、ただこちらのネームタグのみがポケットに挟まっていました。

うむ、なかなか雰囲気がありますな。



直衛さんは絵を描くのが好きだったようで、第二次世界大戦時に戦地である中国に赴いたあとも、自由な時間を見つけては絵筆をとっていたようです。

「朝陽鳴鳳 之圖(の図)」

こちらには2匹の鳳凰(ほうおう)が描かれています。

 

鳳凰(ほうおう)は中国の伝説上の鳥で、みんな大好き一万円札♡の裏側にも描かれている鳥ですね。

 

ちなみに十円玉の裏側に描かれている、京都の平等院鳳凰堂の屋根の装飾にも鳳凰は使われています。

細かい話をすると鳳(ほう)がオス、凰(おう)がメスなのですが、「朝暘鳴鳳図」という名前で2匹が描かれている場合は、オスとメスの両方を表すようです。

 

そして僕がこの絵を載せて何を伝えたかったのかというと、「鳳凰が朝陽に向かって鳴く」という絵の意味です。

鳳鳴朝暘(ほうめいちょうよう)という四字熟語もあるのですが、こちらの四字熟語辞典によるとその意味は

“世の中が平和なことを示すめでたいしるしのこと。”

とあります。

鳳凰は平和の象徴でもあり、太平の世に現れるとされています。

また、2匹の鳳凰は「夫婦和合」の意味を持ちます。

 

黙々と自らの役目をこなしながらも、直衛さんをはじめ戦地に赴いた多くの日本人の願いは、きっと一刻も早い平和な世の中の実現や、大切な人や家族との再会だったのだろうと、つくづく思います。

直衛さんにはある婚約女性がいましたが、戦死したことによりその方と会うことは二度と叶いませんでした。

 

つづく

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