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我が家の菩提寺の境内には、お墓とは別に地域の戦没者8名の慰霊碑があります。
その中のひとつが、僕の先祖直衛さんのものですが、目を凝らして慰霊碑の右の側面を見ると、こう書いてあります。
昭和十九年五月二十五日
中華民國河南省
洛陽県東家ニ於テ戦死
三十才
過去帳にも同じような記載があったので、直衛さんが30歳の時に中国で亡くなったことは僕の頭の中にありました。
戒名の「信⇒居」は、過去帳を書いた人が間違えそうです。
雑w
この昭和19年という年には一体何があったのか。
昭和19年は西暦でいうと1944年、つまり終戦の1年前です。世界はいわゆる太平洋戦争の真っただ中で、各国の激しい陣取り合戦が繰り広げられていました。
ちなみに戦時中の日本の最大領土は下の地図の赤い範囲です。
日本の太平洋戦争の構想としては大東亜共栄圏を掲げていました。大東亜共栄圏とは欧米諸国から東アジア・東南アジアを解放することを目標としています。
参照:プチモンテ
太平洋戦争の名目の一つは東アジア・東南アジアの西欧諸国からの解放という人聞きの良いものでしたが、同時に日本が西欧諸国から断絶されてしまった石油などの資源の確保という目的もありました。
それはそれとして、先ほどご紹介した当時の日本の最大領土ですが、みなさんは狭いと感じました?広いと感じました?
ここに一つ、おもしろいサイトがあるのでご紹介したいと思います。
「Japan」と検索すると好きな場所に日本地図を動かすことができて、各国と比べて日本の国土がどのくらいの大きさなのかを知ることができます。
どうやら現在領土問題のあるデリケートな地域は、除外されているようですね。
例えば日本とアメリカを比較してみるとこんな感じ。
どうでしょう、みなさんのイメージ通りだったでしょうか。
次にヨーロッパとサイズを比較してみます。
これを見ると、案外日本って大きい国だと思いませんか?
日本は「小さな島国」とよく言われますが、僕はイメージしていたよりもはるかに大きくて驚きました。
大きいというよりもむしろ「長い!」と表現した方が正確かもしれませんが(笑)
イメージって怖いですね。
改めてこの地図を見ると、なんだか日本という国が少し恐ろしく感じてくるのは僕だけでしょうか。
そして僕は当時直衛さんが戦死した状況を知りたいと思い、「昭和19年 中国」とググってみました。
すると、
「大陸打通作戦」というものが一番にヒットしました。
大陸打通作戦はその名の通り中国大陸における日本領土拡大の作戦(1944年4月17日~12月10日)だったのですが、期間を見ると戦死した5月25日が含まれていたので、直感でコレだろうなと思いました。
日本軍は勝利したものの大きな損害を受け、戦死が11,742と戦病死がそれ以上であった。戦死戦病死者十万という大きなものであった。
参照:Wikipedia「大陸打通作戦」
正確な数かどうかは不明ですが、この戦死者の一名に僕の先祖が含まれると思われます。
また、太平洋戦争の年表の「1944年(昭和19年)」という欄を見てみると、シンプルにこんな記述がありました。
●4月17日 – 12月10日 大陸打通作戦
●5月25日 日本軍、洛陽占領。
つまり、奇しくも日本軍が洛陽を攻略したその日に、直衛さんは洛陽で戦死したようです。
祖父から伝え聞いた話(祖父も誰かから伝え聞いた話)ですが、直衛さんは陸軍准尉という立場上、別に追わなくても良かった蒋介石(しょうかいせき)側の中国軍の野戦部隊を馬に乗って追撃したところ、その中国軍側の一人が撃った弾を運悪くコメカミに受けてしまったとのことでした。
戦況を考えると、なんだか無念。
つづく
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[…] 【連載】「ルーツの旅⑦」 | NAOHIRO YODA 2018年12月1日 […]