ご無沙汰しております!
世間は中国の武漢で発生した新型コロナウイルスの話題で持ち切りですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?
中国国内で撮影された生々しい映像や日本でのマスク買い占めなどのニュースを見る度に、人間というのは残酷な生き物だなぁと思います。
我々ヒトとは比べ物にならないほど“猛スピードで進化する”といわれるウイルスによって、これからこの世界がどうなっちゃうのかは誰にも分かりませんが、早く事態が終息することを切に願っています。
さて、今からちょうど一年ばかり前のことになりますが、実は僕、自分自身のルーツの旅に関連して、武漢を電車で通過しました。
ビザ日数の関係で残念ながら下車は断念せざるを得なかったのですが・・・・・
こんな大変な時期ですからなかなかメディアで取り上げられることはありませんが、実は武漢にはとても興味深い建造物があります。
それが、黄鶴楼(こうかくろう)です。
こう見ると、かなり立派な建物ですよね!構造は五層で、高さは約51メートルあります。
しかし現在見ることのできるこの楼閣は、ちょうど沖縄の首里城のように、長い歴史の中で何度も再建されてきたものです。
最初にこの高台に楼を築いたのは今から1800年近く前、三国時代呉の孫権だと言われています。
そしてこの建物にはこんなエピソードが残っています。
昔、この地に辛(しん)さんという人の酒屋がありました。ある日その酒屋にみすぼらしい身なりをした老人がやってきて、「酒を飲ませて欲しい」と言います。辛さんは嫌な顔ひとつせず、タダで酒を飲ませてやりました。それが半年くらい続いた頃、老人は辛さんに「酒代が溜まっているが、金がない」と言って、その代わりに店の壁にみかんの皮で黄色い鶴を描き、去っていきました。
ところがその後不思議なことに、酒を飲みに来た客が手拍子を打って歌うと、それに合わせて壁の鶴が踊り出したのです。このことが評判となって店は大繁盛し、辛さんは巨万の富を築くことになりました。
しばらくすると老人がまた店に現れ、笛を取り出して吹くやいなや、黄色い鶴が壁から出てきました。そしてその老人はその鶴の背にまたがり、白雲とともに飛び去りました。
辛さんはこの一連の出来事を記念して楼閣を築き、それを「黄鶴楼」と名付けたといいます。
信憑性は別としても、いま話題になっている武漢という地域は、こんな温かいエピソードが生まれた場所でもあります。
しかしこれから観光の風評被害含めて、長い闘いになっていくと思います。
僕は中国旅行の際、現地の方々の素朴な雰囲気ややさしさに、何度も心を打たれました。
だからこそ、謝謝!そして
加油!(がんばれ!)
と今思っています。
そしてそろそろルーツの旅の現地編を書こう・・・・・
ということで、いったん筆を置きます。いやパソコンを閉じます。
「山川異域 風月同天」
[…] 1つ前の記事で、“昨年中国の武漢を電車で通過した”と書きましたが、その中国への旅の目的は他でもない、ルーツの旅でした。 […]